という句がある。竹根には梅雨時に根付いて育つ習性があることを教えられる。杜甫や李白の詩情に心酔したと言われる芭蕉が江戸中期(元禄の頃)既に『竹植うる日』と題していることを思うと改めて歴史の重みを感じる。夏至は本格的な夏の始まりを意味し、暑気に向う支度を整えよう・・という表われのようだ。夏至に蛸を食べるという習慣のある地域もあると訊くが稲が蛸足の様に育てと願う縁起から生まれたものだという。
日課にする早朝の散歩道・・太陽を見届けてコースを変更してみた。坂道をゆっくり上る。私が住む周辺は房総半島の玄関口だが整地された広い碁盤の目に新興住宅が建ち並んでいる。高台からは大型スーパーやショッピングモールが州浜を占領した様な形に見える。坂の上は清々しく見晴らしが良い。神奈川県の三浦半島越しに富士山が遠望出来るポジションである。陽を浴びた早朝の富士山が美しい。「神州第一峯」とは良く言ったものだと独り頷く。
世界遺産に登録されたことを受けて日本人の富士山を捉える目が変わった様に思う。立ち止まって深呼吸・・呼吸を整えて坂道を降りる。毎日歩くいつものコースに戻って公園のマイベンチに到着・・腰を下ろすと、こちらも毎日顔を合わせる70代のご夫婦が公園のゴミ集めを終え、隣のベンチに腰掛ける。鳩の群れに米やパンの耳を与えるので後を追うように鳩の群れが舞い降りて集まる。
旦那はボランティアで公園のゴミ拾いを始めて5年になるという。私の散歩経歴とほぼ同じである。奥様はパートタイムでゴルフ場に勤務されていて空き時間があれば旦那と一緒に公園の清掃を手伝っておられるようだ。傍目には羨ましいカップルである。話を窺っているうち、奥様が勤めるゴルフ場の客が減少してパート従業員を歳嵩の順に解雇するとかしないとか・・。
再婚同志だと伺ったがご夫婦は頗る元気で仲が良さそうだ。毎日顔を合わせ無駄話を繰り返す間柄だが、年寄り仲間にはこれと言って纏まった会話はない。《蕗を煮たから・・沢庵が漬かったから・・》と言っては自家製を頂戴するので私は旦那のゴルフコンペに向きそうな景品をプレゼントしたり、時々旦那が吸う煙草を差し上げるというお付き合いの間柄である。公園の「園友」というところだ。